「知ってる? かの救世主を奉じる宗教の信者さんの数って、二十二億五千万人くらいなんだって」
「へぇ……。大人気なんだね」
「しかも、大昔から、それこそ、この西暦が始まってからずっとブームが続いてる。だから、今あるおおよその何モノも、その影響を受けてるんだ」
「いきなり何の話なの?」
「いや。いつか親友と『世界で一番のベストセラーは何だろう』みたいなことを話したことがあってね。それを思い出したんだ」
「? ベストセラー? なに?」
「もちろん、さっきから言ってる、二千年もの間、熱狂的ファンを魅了し続けてる、磔になったあの人の弟子が書いた言行録だね」
「げんこうろく、って?」
「要するに聖書のことさ」
「聖書……。それが一番のベストセラーなの?」
「今なお二十二億越えの会員がいるファンクラブの会員証だからねぇ……。間違いなく、この世界で、というかこの歴史上で一番のベストセラーと言ってもいいと思う」
「ふ~ん」
「ちなみに旧約聖書は全三十九巻、新約聖書全二十七巻」
「わわ、すっごく長いんだね」
「色んな人が書いてるからね。アンソロジーみたいなものかな」
「読んだことある?」
「……さぁ。まぁ、でも、きっと日本国民でこれを全部読んだって人は、信者以外は少ないだろうね」
「聖書かぁ。……ねぇねぇ」
「? なに?」
「神さまっているのかな」
「いるだろうね」
「いるんだ。どこに?」
「少なくとも、この世にはいない」
「じゃ、天国っていうところ?」
「天国ね……。親友だったらきっと、「神を奉じる頭の暖かい連中の脳髄こそが天国と言える。だから神が天国にいるのは事実だ」とかブチ切れるだろうなぁ」
「? そうなんだ?」
「君の前ではソレ系の話題には触れないようにしてるしね、彼」
「あれ? じゃ、あなたはどう思ってるの? いるんでしょ、神さま」
「う~ん、っていうか、いて欲しい、っていうのが本音かな」
「いて欲しい?」
「だってさ、あまりにも救いが無いじゃない、この世の中って。一生懸命いい事してても、脈絡なく事故に遭ったり急病患ったりするし。平和な世の中を作りましょう、とか皆で一致団結したところで、天災並みの大地震が来たらどうしようもない」
「うん、そうかも」
「っていうか、生きてる以上絶対死ぬし。すぐ死ななくても老いるし。たまに『報われるために努力するんだろう?』とかいう人いるけどさ、努力が報われないってことも絶対にある。ってことは、報われない以上、その努力は無駄になるのかな。……なっちゃうんだろうね。報われてないって言っちゃえるんだったら。だとしたら、現実はドライが過ぎる、って文句を言いたいな、ボクは」
「誰に?」
「誰にってわけでもないけどね。だから、なんていうか、いい事をしたら認めてくれる。そう思えるナニカ。大地震が来て絶望したとしても、それでもなにか生きるための拠り所になるナニカっていうのは、僕は必要だと思う」
「……よく分からない」
「きっとそのナニカは現実にあっちゃダメなんだ。“現実”は必ず劣化する。お金とかのシステムでもダメだ。異常な状況じゃ経済っていうのは案外と脆い。人が作り出したナニカには、求心力が足りなくなる状況や環境が存在してしまう」
「???」
「あ、だからね。現実はどこまでもドライだし非情だよ。だからこそ、『天上におわす神様』みたいな抽象的なナニカがあれば、あるいは少しは救われるのかも知れないね、ってね」
「ふ~ん?」
「じゃなくてもさ、人間って好き放題だからさ、『自分たちの上に誰かがいて常に自分たちを監督してる』、って意識するのは無駄じゃ無いと思う」
「……えっと、『悪い事したら神さまに怒られる』、みたいな?」
「そう。それと同じに、『いい事をしたら神様が覚えてくれる』、みたいなね」
「それって、あれ? 神さまがいるかどうかの答えになってないような」
「うん、だから『いて欲しい』っていう希望だよ。あくまでボク個人の」
「ホントはどう思ってるの? 『いて欲しい』って事は、いないって思ってるって事?」
「……きっと、人が思い描いてるような神はいないだろうね」
「?」
「だけど、たぶん、いる。“万物の創造主”なんていう分かりやすい万能存在じゃない形で確かにいる、ってボクは思ってる」
「??? 分かんないな」
「う~ん、言葉にするの難しいな……。あのね、例えば……、そうだね、『アフリカの子ども達に愛の手を』って書かれた募金箱があるとしよう」
「ありそうだね、普通に」
「でさ、これって合理を第一に考えたら、お金は一銭も貯まらないよね?」
「? そう?」
「だってさ、アフリカなんてきっと日本人の大半は土を踏むことがないような遠い遠い土地だよ。そこの子ども達なんて、会うことはまずない」
「うん」
「だから、自分の身銭を切ってまで募金するのは非経済的……、損をするだけの選択じゃないか」
「う~ん、そう、なのかな」
「募金箱にお金を投入するより、そのお金を自分で使った方が分かりやすく自分の得になる。『いい人演じて気分が良い』、とかいう効果はあるかも知れないけど、それが主目的でお金を投じる人だけじゃないでしょ」
「……それでも、そういう募金箱って結構お金、貯まってたりするよね?」
「うん。きっと、そこにこそ、ボクは神……というか、神のようなナニカの存在を感じる」
「え? 神さま? どこが?」
「見返りはないのに、それでも人を助けたいって気持ち。具体的なメリットはなにもないのに、それでもお金を投入する感情。困った人を見かけたら、きっと誰もが「助けたい、助けなくて良いのかな」と思ったり、あるいは、見捨てたとしても、しこりのように変に残る罪悪感」
「…………」
「合理じゃ説明が付かない。社会性って言葉じゃ説明が足りないナニカ。だって、さっきもいったみたいに、アフリカの子ども――じゃなくても似てる何かなら何でもいいんだけど――なんて、自分たちの生活を考えれば、全然無関係じゃん。だから、極論、そこがどうなろうと、直接的な影響はない。これが現実。だけど――」
「…………」
「だけど、それでもお金が貯まってる。『余った小銭が邪魔だから』っていっても、わざわざ募金箱に投じる必要もない。たとえ、お金がなくて生活に困ってる人だって、人を助けたい気持ちはある。だから“ノブリスオブリージュ”じゃ、説明が付かない」
「え、なに?」
「ノブリスオブリージュのことは、まぁ、置いといて……。だから、そうだね、“善性”っていうのかな、人が最後に拠り所にするのは、これなんじゃないかな、って」
「う~ん? 意味がちょっと……」
「ボク達は誰も彼もがひとりぽっちだ。他者のことを完全に理解することはないし、自分の事を他者が理解することもきっとない。だけど、共通するナニカはあると思う。そのナニカをボクは、人知が及ばない、言葉にすることも捕らえることもできない、でも“いる”って意味で、神って呼んでも良いんじゃないか、って思ったり、ってね」
「サッパリです」
「だよね。だって言葉にできないし、人知も及ばないし。説明とか無理だよ、そんなの」
「結局、さ」
「うん?」
「あなたは神さま、信じてるの?」
「神はいる。だけど――」
「だけど?」
「『自分たちこそは神に選ばれた存在』なんて自惚れたり、お金のために神を騙る詐欺師とか、人に信仰を無理矢理押しつけてくるような、自分の神しか受け入れない連中の言う『神』なんていうのは、ボクは絶対に信じない」
「……どこかで聞いたような」
「さぁてね。……以上、かな」