どうやら一般的、標準的な思考や感性とはいささか異なるそれを所有しているらしいセンセこと僕が他人の悩みを受け付ける羽目になった。
無論、金のためである。
だが、金銭が発生している、ということは一種の保証行為だ。少なくとも、それに満足を得られている以上、放棄される可能性が低いともいえる。
少なくとも、他人に対してほぼ興味の無い僕が相談を受け付ける、などと偽善だか欺瞞だかに塗れていても、そう打鍵する動機程度にはなり得たわけだ。
この時点でブラウザバックをしない人間はほぼいないと思うが、それでも例外的に読み続ける誰かがいるのなら、その人に僕はこう言いたい。

「悩みがある、意見を聞きたい何かがあるのなら受け付ける」、と。

つまりは人生相談、ないしはお悩み相談と呼ばれる他人に期待する類いの無邪気で無益なそれをしてみよう、というのが今回の企画らしい。
興味を持ったごく僅かな例外存在がいるとするのなら、相談をしてみても多少は面白いのではないか、と珍しくアピールしてみるのもやぶさかではない。
いわゆる宣伝文句、コマーシャルだ。
実際に目を通してみて、その誰かさんが不快になっても知ったことではないけれど。

っていう、これ、なんなんでしょうね……。マジで何で書き出したのか、サッパリ分からない作品? これ作品なのか? です?

たしか、小説家の森博嗣先生が昔、自分のブログで読者からのメールに返信してた、という話に影響を受けて、オレもオレも、と書いたような……。

で、まぁ、書いてた当時、本気で質問を受け付けてるつもりだったんです。だから、本文の最後に宣伝を入れていたんですが……。

結局一通も来なかったんですよねぇ……。なるほど、と寂しさで死ぬ兎の気持ちが分かりました。切ないね、ホント!

あ、あと思い出したのは、たしか書く癖を付ける目的もあったはずです。たぶん、小説を書けなかった時期に手慰みとして始めたのがキッカケですね。

ついでに交流して気持ちを励まそうとしてたんでしょう。かわりに無関心というパンチすらも届かず、枕を濡らす羽目になったわけですね。ぎゃふん。