ごく普通の兄妹の、ごく普通のバレンタインのお話です。

※以前、『エヴリスタ』さんに掲載させていただいていた短編です。

……ごくシンプルな会話形式の掌編ですね。

たしか上記のサイト様で開催されたコンテストのために書いた気がします。もうあまり覚えてませんけど。

結果は鳴かず飛ばず。ま、妥当でしょうな。

―――――――――――――以下、本文――――――――――――――――――

どうしてこんな事に、と思わずにはいられない。
俺が呆然と立ち尽くしてると、俺のすぐ脇を迷惑そうな顔をして二十代くらいの女の人がすり抜けていく。
「あ、す、すみません……」
俺がボソボソと謝っても『すみ』のあたりでもうその女性はいなくなっていた。その時の顔を見て、俺は軽く凹む。
いや、でも仕方ないか。
辺りを見渡せば、人、人、人、人だらけだ。
それも大体女。老いも若きも女の人しかここにはいない。
そりゃそうだ。
だってここは県内で一番大きいショッピングモールのバレンタインフェアの会場で、今はバレンタインの一週間前なんだから。
そこで俺は母親くらいの年齢くらいの着飾った女の人とか、俺より数歳くらい上の女子高生の群れとかに混じって、というか紛れてそこにいた。
別に俺が買いに来たわけじゃない。これから貰いたいチョコのリクエストが出来るわけでも無い。
付き添いなのだ、妹の。
その妹は真剣な顔でガラスケースの中のチョコレートを見つめてる。
もうかれこれ二十分は同じケースをガン見してるのだ。
「おい、いいのあったのか?」
いい加減、俺もうんざりして妹に近づいて聞いてみると、妹はかなり暗くて、曇った、実に冴えない顔を見せてきた。
どうしてそんな顔をしてるのか、いちいち聞かなくても分かる。
コイツが生まれて十一年くらいの長い付き合いだ。どんなときにどんな顔をするかくらいは分かる。
俺はため息を一つ吐いて、言った。
「いくらだ」
俺がそう言うと、一瞬だけ明るくなった妹は、でもすぐまた暗い顔になる。
コイツの考えてることはお見通しだ。
っていうか、おいおい……。たった一日用の、しかもタダのチョコレートにいくら掛けるつもりなんだ。
「……いくら足りないんだよ」
俺がそう言うと、ちょっと躊躇ってから、妹は窺うように見上げてきた。
「二……」
「二!?」
「せ、千八……五百円」
いや、気をつかってくれてるのは分かるけど、それでも高ぇよ。
コイツ、小学四年の分際でどんな高級チョコを貢ぐつもりなんだよ。
「どれ」
「? え?」
「どれだよ、どれが欲しいんだ!」
俺がちょっと苛つきを隠せないまま聞くと、妹はおずおずとガラスの中の一つを指さした。
それを見て、俺はちょっとギョッとした。
値段もさることながら、その形が凄い。
男の俺から見ても全く可愛げの無いカエル型のチョコレートなのだ。
でも、妹は間違いなくこの毒々しい色さえしてるカエルのことを指さしてて、しかもちょっと情けない感じに眉さえ寄せてる。
「こ、これ? マジで?」
俺が一応、念のために聞いてみても、妹はただただこくりと頷くばかりだ。
俺はこのチョコの何処がいいのか、小四女子にこんな顔をさせる、この両生類型の菓子をまじまじと見る。
……うん、良く出来てるよ。今にも動き出しそうだ。でも、そのせいで全く食欲をそそられない。っていうか、これ、マジでチョコで出来てんの? いや、じゃないと大騒ぎだろ。明らかに毒持ってるタイプの色してるし。
俺はカエルから、直ぐそばの妹へと視線を移す。
本気……なのか?
「本気、か……」
「うん、本気」
「マジか……マジでか」
「マジマジドマジで」
「そこまでマジ具合が突き抜けてんのかよ……」
「うん、グンバツ」
「グンバツかぁ……」
お前、そういうの何処で覚えてくるの、とツッコみたくて仕方ないけど、なにしろマジマジドマジな妹だ。マジ具体がグンバツ過ぎて今や泣きそうでもある。
俺はもう一度カエルの方に顔を向けて、そして、そのカエルの下に付いてる数字に注目する。
それを見て、もう呼び捨て出来る存在じゃ無いな、とカエルもとい、カエルさんの評価を上げた。
オレの妹の財産、その大半を投入して、さらに俺からいくらかの融資を行わないと、カエルさんには手が届かない。
……でも、ま。
マジでグンバツなら仕方がない、かぁ……。
俺は財布の中身を思い出し、ズボンのポケットからそれをとりだそうとして、ハタと気がついた。

――これ、人にプレゼントして大丈夫か? と。

たぶんだけど、プレゼントする相手も多感な小学校四年生だろうし。
その男子、仮に山田くんとして、山田くん(仮)にこのチョコあげました。山田くん受け取りました。山田くん悦びを隠せないままそれでもツンデレ気味だかにお礼言います。山田邸(仮)に帰ります。包みを開けます。で、カエルさんとご対面。
…………。
カエルさんと、ご対面……!
対面、させて、大丈夫なのか!?
小学校四年生の男子に毒っぽいカエルさんはキツくないか!?
しかも、バレンタインに女子から贈られる品としての毒ガエルさんだ。
……山田くん、さすがにビビるよな。
俺だったらビビるし、もしかしたら嫌がらせか、とか思うよな。っていうか、人によっては悩まないか?
じゃなくても、大喜びで齧り付きはしないだろ……!?
何しろ相手は、この毒ガエルさんなんだぜ?
このつぶらな瞳は、ちょっと変な感性を持ってることを、生まれて十一年間付き合い続けて今日今まさに初めて知った俺の妹には通用するだろうけど、それって一般的か……!?
違うんじゃないか!?
いや、相手はそれでも小学校四年生だ。もしかしたら喜ぶ可能性は無くはない。多分無いけど、でもそれを言うと、コレを選ぼうとしてる妹が変すぎるって事になるから、兄として多少はあると思いたい。
でも、その男子が喜ぼうが喜ぶまいが、妹、ちょっと変な目で見られるんじゃね。
バレンタインに異性に毒ガエルさんを送っちゃう女の子、みたいに異色の存在として教室デビューしちゃんじゃね?
大丈夫か……!?
イジメ、られないか……!?
俺の時は、たしかイジメ、は無かった、と思う、けど……。
……?
いや、まて、五年の時の、前の席の斉藤くん、三学期ちょっと休みがちだったような……。
あれは、もしかして、もしかするのか……?
いや、まてまて。
あの年、彼から送られてきた年賀状、笑顔で写ってる、夏に行ったらしいタヒチを背景にした写真だったじゃないか。
あの笑顔は間違いなく幸せそうで、そんな写真を新年一発目の挨拶に使う神経に、だからこそ軽くイラッときて今も覚えてるわけだけど……。
待て待て待て、オレでもそう思ったんだから他のヤツも……。
「お兄ちゃん……?」
財布を取り出そうとする、そのポーズのまま固まった俺を、心配そうに妹が見上げてくる。
俺はその妹の顔をマジマジと見る。
……うん、俺の妹は正直、そこそこカワイイ。ソレは認める。
だが、それでも毒ガエルさんは……、毒ガエルさんは……ッ。
どうなんだ……!?
「妹ッ!」
「え、な、なに?」
「や、山田はどんな奴なんだッ! 人をいじめたり、タヒチで笑顔を振りまくようなヤツなのかッ!?」
「や、やまだ……? だれ?」
「毒ガエルさんを笑うようなヤツなのか!?」
「は、え? 毒ガエルさん? ますますだれ?」
「クソぅ、これは危険な賭けと言わざるを得ない……ッ」
「お兄ちゃん、しっかりして」
「心配するな、妹よッ。もしお前がタヒチの笑顔のようにいじめられても、お兄ちゃんはずっとお前のお兄ちゃんだッ……」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば」
「毒ガエルさんを笑われたくらいで何だ! 気にするな、いっそゴキb――」
「お兄ちゃん、そこまでにしておこうよ、ね、お願いだからっ」
妹にお願いされて、俺はハッと気がついた。
そうだ、俺は何を……?
「こ、ここは……、一体どこだ?」
「そこから忘れちゃったんだ」
「たしか、俺はタヒチに――」
「行った事ないよ。っていうか海外がない」
「そういえば、俺宛の正月の年賀状が、三枚?」
「それは忘れとこうよ」
「たしか爺ちゃんと婆ちゃんがどうしてか一枚ずつ……」
「忘れようよ、今すぐ。また泣くよ? お兄ちゃんが」
「そうだ、俺は何を……」
「お兄ちゃん、バレンタ――」
「ここは……一体どこだ?」
「戻っちゃった。もうちょっと落ち着こう、ね?」
「山田はゆるさん! アイツはダメだ!」
「だれ? ねぇ、誰、山田」
「ゆるさんゾ!」
「ゾは止めておこう、お兄ちゃん。ちょっと活発な女子みたいだし」
「八重歯生えてる感じだよな」
「そこは冷静なんだ」
「へへっ、そういうのお兄ちゃん、結構好きかな」
「そんなことこういう場所で行っちゃうお兄ちゃんは結構嫌いかな」
「嫌よ嫌よも、か……」
「そんなツンデレは供えてないよ。女子が嫌って言う時はだいたい本気で嫌がってるからね」
「……嫌よ嫌よも、がぁ」
「そんな残念そうに言わなくても……」
「イヤよ! 嫌よ嫌よも、がイヤだなんて!」
「オネェっぽく言っても嫌なものは嫌なの。夢見るな」
「将来遊んで暮らしたいよな」
「同感だけど、もうちょっと現実を見よう。少なくともここがどこかくらいかわかるくらいには」
「あ、そっか……ここはショッピングモール、だ」
「落ち着いたか……」
「バレンタインフェアの会場、だな」
「そうそう。ふぅ……、お薬持ってきてなかったから焦ったよ」
「俺達は偉大なるカエル様をお迎えするために、ここまで来たんだよな?」
「違うね。ある意味そうなんだけど、ために、じゃないね。それにどうしてそこまであがめたてまつるの? なんで様付け?」
ここまで会話を進めて、俺はようやく本題を思い出した。
そうだ、妹のバレンタイン用のチョコを選びに来たんじゃないか……!
それを思い出して、そして、またもやカエルさんを見つめる。
そんな俺の肩に、妹の手がソッと置かれた。
「お兄ちゃん。わたし、カエルのチョコはあきらめるよ……」
「? どうしてだ?」
「食べてもないのに、毒が回るから……。お兄ちゃんに」
「? は?」
妹は分からない事を言って、肩においてた手で俺の腕をつかむとグイグイと引っ張ってきた。
「さぁ、お兄ちゃん、他も見てみるから付いてきて」
「あ、あぁ。……いいのか? ドマジじゃなかったのか?」
「いいの。さぁさぁ」
どうして、いきなりカエル様を諦めたのか分からない俺を、妹が引っ張って、二人してバレンタインフェアの会場を練り歩いた。
結局妹は、悩みに悩んだあげく、実にオーソドックスな四角い箱に丸いチョコが数個入ってるタイプの物を買い、俺には十円チョコをスーパーで買って、実に雑にくれた。
……いや、もしかして、とか思ってないけどさ、十円チョコだけレジ通して、買いましたって証明用の黄色いテープを貼ったままのチョコを投げ渡してくること無いだろ、妹め。

◇ ◇ ◇

紆余曲折あった一週間前も遠い昔になった、バレンタイン当日。
中学に通うオレは普通に登校し、学校で一日を過ごし、その間にこの世の全てを呪い、世界を燃やし尽くす事を将来の夢に選び自宅に戻った。
あ~あ、なにが愛の日だっつ~の。マスメディアと菓子企業に踊らされてんじゃねぇよスウィーツどもが。
そもそもこの“スウィーツ”の“ィ”が気にくわねぇ。甘味だろ甘味。菓子じゃん、なんだかんだ。気取ってんじゃねぇよ。糖分欲しけりゃ砂糖でも直で食ってろっての。
やだやだ、まったく十円チョコでもちょっと嬉しかったあの日の俺を殺したいね。今すぐ。
俺がそんな気持ちを込めながらゲームをして過ごしてると、妹が帰宅したのが分かった。
ふと、いつもは気にならない、どうでもいい妹のことが少し気になった。
今日の朝、妹は緊張しまくっていたのだ。
もちろん、バレンタインのプレゼントのことを考えてたのだろう。
俺はそれを他人事のように、『まぁ、普通に気持ちのこもってるプレゼントだし、受け取ってもらえないことは無いだろ』みたいに俺は高をくくってたんだけど。
俺の部屋は二階にあるから、そこを出て階段を降りると、居間に向かう。
いつも食事を摂る四人がけのテーブルに妹はちょこんと座っていた。
「よ、おかえ――」
俺は妹に話しかけようとして、でも言葉に詰まった。
あの日、あれだけ悩んで買った箱を前に、妹は泣いていた。
それを見ても、「あらら」くらいにしかオレは思わない。
まぁ、なんっていうか、子どもにも色々あるんだよな、とか数年前の自分のことを思い出して、軽く頭をかいた。
それから、ちょっと喉が渇いたので、飲み物を作ることにした。
あ、そう言えば、家に帰ってからどうしてか急に大量の湯を沸かしたくなって、ケトルにはまだ温度の下がってないお湯がなみなみ残ってたなぁ、とか思い出す。いや、忘れてたわ、ついさっきの話なのに。
やれやれ、しかたねぇ。
ついでだから、なんて誰に言う事も無く、俺は無言でマグカップを食器棚から二つ取り出すと、そこに茶色いパウダーを盛るように入れた。
お湯を注いで、スプーンで混ぜる。
まぁ、まだまだ寒いしな。
インスタントで良ければ、飲んで暖まれ。
「ほらよ、ココアだ、妹よ」
お兄ちゃんからの、そんなに真心とかはこもってない、心ばかりのプレゼントだ。